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幽霊西へ行く(日语原文)-第6章

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 何んと恐ろしい、私にとっては、何んと心を鋭《するど》くえぐって来る事件の真相であったろうか。傍《かたわ》らに立つ信吉もいまは私への恩讐《おんしゆう》を忘れて、ただハラハラと涙《なみだ》をこぼしているのだった。
「姉さん、すみませんでした」
「いいのよ、いいのよ。もう何もかも終わったのよ。いま一度、と思ってやって来た思い出の場所で、こうしてあなた方にあえたのも、晴夫さんの命を助けることができたのも、みんな、神様のおかげでしょう。一生幸福を知らなかった、わたくしのような、みじめな女でも、神様は一度は助けて下さったのね……」
 聞こえるか、聞こえないかの言葉であった。私と信吉とは、その時顔を見合わせていた。
「さあ、信吉君、これで君の気持ちも晴れたろう。あらぬ疑いをかけられた時は、さすがに僕《ぼく》もギクリとしたが、もう君と僕との間には、何んのわだかまりも残ってはいない。すべてを忘れて、姉さんを助けてあげようじゃないかね」
 彼も大きくうなずいた。
「そうしましょう。僕のしたことを許していただけるなら、これほど嬉《うれ》しいことはありません。姉さん、塚越さんはまだ生きているのでしょう。その言葉を証拠《しようこ》にして、あの男を警察へつき出そうじゃありませんか」
 澄江は静かに首を振《ふ》った。
「だめです。もうあの男には、法律は何んの役にも立ちません」
「いや、時効には、まだまだ間があるはずですよ。澄江さん、十年前と私の気持ちはいまも変わっていません。いま一度、僕の言葉を真剣に考えては下さいませんか」
 澄江は、ぱ蠓紊悉摔蓼趣盲俊Ⅻいマントを翻《ひるがえ》して、断崖《だんがい》の上に立ち上がった。その顔はすべてを諦《あきら》めきったというような、何か神々《こうごう》しい色であった。
「晴夫さん。あなたのお気持ちは、わたくしあの世まで、嬉《うれ》しくいただいて参ります。でもわたくしは、あなたとこの世で結婚《けつこん》するわけには行かないのですわ。すべてはもう終わってしまいました。わたくしは、二人の夫を殺した女……あの男は、わたくしの飲ませた毒で死んでいます。最後にあなたにお目にかかれて、本当に嬉《うれ》しかった……では、信吉さん、晴夫さん、さようなら……」
 はっと引きとめようとして、私たちの差し出した手も間に合わなかった。
 血の出るような、絶叫《ぜつきよう》を後に残して、澄江の体は、皎々《こうこう》と輝《かがや》く月光に照らされながら、無限の空間へ堕《お》ちて行った。それはさながら、失える人の魂《たましい》を求めて虚空《こくう》に舞《ま》う、一羽の大鴉《おおがらす》の姿であった。




 幽霊《ゆうれい》西へ行く

    1

 二月初めのある日の夕方、西銀座の喫茶店《きつさてん》「レベッカ」に、二人の男女が坐《すわ》っていた。ウエイトレスは、互《たが》いに袖《そで》をひきながら、二人の方を見つめて、ひそひそとささやきあった。そのそばを通りすぎる人々も、思わず足を止めんばかりに、チラと横目で、女の方を見つめては、名残|惜《お》しそうに去って行った。
 女はその視線を、とりわけ意識しているような様子も見えない。こんなことにはなれている、といいたそうに、静かにコ药‘茶碗《ぢやわん》をかきまわしていた。
 豪華《ごうか》な毛皮のオ些‘に、テ芝毪紊悉送钉菠坤筏况t革《わにがわ》のハンドバッグ、鮮《あざ》やかに虹《にじ》の弧線《こせん》を描《えが》く眉《まゆ》、媚態《びたい》の色気をいっぱいにみなぎらせた切れ長の眼《め》、ハリウッド風のル弗澶渭tもさえている。誰《だれ》しも一目でそれと気づく、映画女優の上杉|弥生《やよい》であった。
「高島さん、当時はいろいろお世話になりまして……あれからもう何年になりますかしら」
「十年……でも、何だか、私などには生まれる前のような気もしますね」
 男は五十二、三だった。人生の四時を廻《まわ》った感じであった。
 身につけている、背広もグレイのオ些‘も、スコッチの生地、外国仕立てにちがいなかったが、型は随分《ずいぶん》古かった。体にも、とうにあわなくなっていた。
 その小肥《こぶと》りの赤ら顔には、精気はあふれていたものの、それも人生の夕焼けの残照なのかも知れなかった。金縁《きんぶち》の眼鏡《めがね》は、髪《かみ》や口髭《くちひげ》の中にまじった銀線と、おだやかな眨亭蚴兢筏皮い郡ⅳ饯蔚驻斯猡胙酃猡稀rに温和に、時に烱々《けいけい》と輝《かがや》いた。
 警視庁|捜査《そうさ》一課主任、高島|竜二《りゆうじ》警部である。
 十年前――やはり二人は、こうしてテ芝毪颏悉丹螭亲钉工铩筏盲皮い俊I虾!顶伐浈螗膝ぁ肪t領事館の一室で。
 当事、高島警部は、|霞ケ関《かすみがせき》切っての偉材《いざい》といわれた、白川武彦総領事の下で、領事館警察司法主任の地位にあった。そして、上杉弥生は、彼の取り眨伽蚴埭堡肓訾摔ⅳ盲俊
 終戦後、上海からひきあげて来た弥生は、その成熟した肉体から発散する、日本映画にはかつてなかった、女の魅力《みりよく》と、見ちがえるほど、幅《はば》と奥行《おくゆき》とを増した演技力とで、一躍《いちやく》天下の人気をあつめ、大スタ瘟肖诉Bなったが、十二、三年前には大部屋《おおべや》俳優から、ちょっと頭を出したくらいの女優にすぎなかった。銀幕から、その名が消えても、誰《だれ》一人、注意を払《はら》う者もなかったくらいであった。
 上海《シヤンハイ》にわたった弥生は、ダンサ摔胜盲俊8邖u警部は、麻薬《まやく》密売の嫌疑《けんぎ》で、弥生をとりしらべたのである。
 その時、彼女はオドオドしていた。今にも泣き出さんばかりに、眼を伏《ふ》せ、下唇を噛《か》みしめながら、一言一言、ポツリポツリと、警部の伲鼏枻舜黏à皮い俊
 証拠《しようこ》は何も上がらなかった。ただ、釈放されて、総領事館を出て行く、その後ろ姿を見たときに、彼は黯然《あんぜん》としたのである。
 この女の行末もこれできまった。
 と思ったのだ。
 だが、呙闻瘠稀ⅳ长紊顪Y《しんえん》で、初めて弥生に笑顔を見せた。弥生が上海の在留|邦人《ほうじん》の中でも、屈指《くつし》の財産家といわれた、天野憲太郎と、結婚《けつこん》して、人々をアッといわせたのは、その後間もなくのことである。
 終戦後、あらゆる地盤《じばん》を失って、上海から引きあげた高島竜二は、幸いにも、警視庁に就職出来て、どうやら家族七人の生活を支えることは出来た。
 十年ぶりの邂逅《かいこう》に、彼は時の流れを感じないではおられなかった。さっき有楽町《ゆうらくちよう》の駅で出あった時も、弥生は彼を忘れていなかった。なごやかな微笑《びしよう》をたたえて、彼をこの店へ誘《さそ》ったのだ……
「高島さんは、ちっともおかわりになりませんのね」
「かわりたくってもかわれないんですよ。所詮《しよせん》、雀《すずめ》は百までですね。警察官として以外、私は能のない男です。中学を卒業してから、私はずっと、領事館警察官としてたたき上げて来ました。でも、三十余年の生活に、私は誇《ほこ》りをもっています。出来るなら、息子《むすこ》もこの職業につかせたいと思うくらいです」
「お気にさわったら、御免《ごめん》下さいまし。決して、軽蔑《けいべつ》とか何とかいう意味で、申し上げたんじゃございませんのよ。十年前と、あなたが少しもおかわりになっていられなかったんで、わたくし、とても嬉《うれ》しゅうございました。あの時、あなたに助けていただかなかったら……こう思うと、わたくし身震《みぶる》いがするくらいですの」
「許すも許さぬもありません、あなたに、罪はなかったんです」
 弥生は恥じらうように眼《め》を伏《ふ》せた。一瞬《いつしゆん》、ためらった後に、ひくく甘《あま》えるような声で、
「でも、あの時、もっと意地の悪いお方の手にかかっていたら……と思うと、私もゾッとせずにはおられませんの。どっちにせよあなたは、わたくしにとっては再生の恩人ですわ」
「とんでもありません。私は、自分の職務をはたしただけ、あなたはご撙瑜盲郡螭扦埂
「でも、わたくしは、さっきあなたにおあいした時、ハッと思いましたの。また、高島さんにお目にかかれた――これでわたくしも、もう一度助けていただけるかも知れないと考えました。それで、お忙《いそが》しいところをご無理に、おさそいしたというわけなんですわ」
「何をおっしゃる。今のあなたには、もう私の助けなど、必要じゃないはずと思いますが」
「でも、主人は、あなたのお言葉なら、聞きいれてくれるかも知れませんもの」
「ご主人が――? どうなすったんです」
「つまらない実験にこり出して。降霊術《こうれいじゆつ》なんですのよ」
 警部にも、この一言《ひとこと》は意外であった。
「降霊術というと、暗闇《くらやみ》で夜光|塗料《とりよう》をぬった人形がおどったり、霊媒《れいばい》が縄《なわ》ぬけをしたりするというやつですか。あんなインチキなくせものに、天野さんが、夢中《むちゆう》になっておいでですか」
「でも、ちょっとちがいますわ。死人の亡霊《ぼうれい》をよび出して、あの世との通信をするんですのよ」
「ほっときなさいよ。罪のない悪戯《いたずら》だと思えば、それでいいじゃありませんか」
 警部は笑い出したかったが、弥生はだんだんヒステリックになって来た。
「そんなことをおっしゃいますけど、その度《たび》に、お前は間もなく殺される。恐《おそ》ろしい死に方をする、などたえずいわれては、わたくしだっていやになりますじゃございません」
「霊媒《れいばい》が、そんな馬鹿《ばか》なことをいうんですか」
 警部も思わず興奮して、「光」の吸いさしを灰皿《はいざら》の上でもみくしゃにした。
「そいつは、ちょっとひどすぎますなあ」
「でございましょう。それで、あなたにお願いしたいのは……」
「でも、それだけじゃ
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